医療機関における職業被ばく管理に関するガイド 第5章 放射線防護研修
5-1. 放射線防護研修全体の構成
職業被ばく管理のために教育は必須です。正しい知識を身に着けてこと放射線安全が担保されます。本ガイドでは、放射線防護研修(以下、防護研修)と呼称します。
職業被ばく管理を適切に行うための放射線防護の実践方法は、病院の状況に応じて行うのが良いため、いくつかのパターンに分かれると思います。ここでは、一般的な病院を例としての防護研修の実践方法について述べます。病院の状況に応じて実践してください。全体でなくてもいくつか参考になるポイントはあると思います。
まず、病院では医療安全や感染対策などのために病院全体としての研修会を毎年開催している思います。この一環として、職業被ばく管理について、職員全員を対象として防護研修を行います。この際に、医療被ばく管理や放射線の基礎知識に関することも交えても良いと思います。
次に、部署あるいは対象者ごとに、具体的な防護研修を行います。防護研修を二段階に分けている理由は大きく分けて2つです。1つ目は、時間の配分の都合です。全体の防護研修に充てられる時間は30~60分がせいぜいです。ここで防護の具体的方法を詳細に研修することは難しいです。2つ目は、対象者によって必要な知識・技術が異なるためです。
5-2. 全職員を対象とした研修
全職員を対象とした防護研修のプログラムの一例を図1に示しました。この図は(後の図2を含む)、2023年4月に開催された第79回日本放射線技術学会総会学術大会・関係法令委員会・放射線管理フォーラム「適切な職業被ばく管理の在り方について」において、筆者が講演したスライドの一部を改変したものです。
2020年4月1日施行の改正医療法施行規則ならびに関連学会等によるガイドラインにより、医療被ばくの適正管理が求められています。その一つに研修の開催が義務付けられています。その研修と一緒に実施するのが合理的な開催方法と思われます。青字が医療法施行規則等による研修の必須項目です(すべてを網羅しているわけではありません)。赤字が職業被ばく管理のために必要な内容の一例です。青字の内容の一部は職業被ばく管理にとっても重要なものがあります。
全職員を対象とした防護研修の対象は、ほんとうに関係のない事務職員を外すことは可能です。ただし、少なくとも医師、診療放射線技師ならびに職業被ばくする可能性のある医療従事者は全員が対象とすべきです。また、事務職員でも、職業被ばく管理の必要性を理解すべき方も必須とすべきです。
研修内容は医療従事者に必要な放射線防護の基礎知識を中心に、職業被ばく管理の重要性を理解してもらうことが重要です。ここで、必要に応じて、病院長が職業被ばく管理を行うことを宣言し、関係職員の協力を求めると、病院全体として職業被ばく管理体制が構築することが容易になります。
具体的には、人体影響、自然放射線、関係法令ならびに測定器着用方法について研修できると良いと思います。また、放射線防護の基礎として、医療被ばく、職業被ばく、公衆被ばくの被ばくの3区分、放射線利用の3原則(行為の正当化、防護の最適化、線量限度の適用)、外部放射線防護の3原則(時間、距離、遮蔽)についても可能な範囲で盛り込めると有用な研修になります。
職業被ばく管理の必要性を理解してもらうために、関係法令や関係学会等によるガイドラインも紹介すると良いと思います。
限られた時間でここで紹介した内容のすべてを網羅して研修を行うことは難しいと思いますので、適宜部署あるいは対象者ごとの防護研修の中で行うことも考慮してください。
5-3. 部署あるいは対象者ごとの防護研修
図2に部署あるいは対象者ごとの防護研修プログラムの一例を示します。このプログラムは、IVRを実施している部署あるいは対象者を想定しています。図1と同様に、医療被ばくの適正管理を求めた医療法施行規則で義務付けられた研修の必須項目(青字)と職業被ばく管理(赤字)を記しています。
診療科では年に数回勉強会を開催していることが多いようです。その勉強会と兼ねて開催すると、診療科の負担も軽減でき合理的に開催できると思います。開催時間は1~2時間くらいになると思います。診療科がいつも勉強会を開催している会場でも良いですし、当該診療科が通常使用するX線診療室の近くで開催しても良いと思います。実際にX線診療室を使って、具体的な防護方法を研修するのが効果的と思います。
部署あるいは対象者ごとの防護研修では、被ばく線量の把握と具体的な防護方法を習得してもらうことが重要です。まずは、部署あるいは対象者の被ばく線量の実態を示して、どのくらい被ばくする可能性があるのか、線量限度を超える可能性があるのかを理解してもらうことが必要です。次に、医療従事者が職業被ばくによって、障害が発生した事例(手指の障害)や発生する可能性(白内障など)があることを示して、職業被ばく管理と低減の必要性を理解してもらうことが重要です。そして、被ばく線量を低減するための具体的な手法を習得してもらいます。
まずは、使用するX線診療室内で作業する位置での線量を知っていただくことが重要です。線量分布図を示して、位置によって線量が異なることや、他の医療従事者の被ばく線量などを理解できるようにした方が良いと思います。そのためには、図3に示したように、線量分布図を示すことが肝要です。言葉を尽くすことも大切ですが、線量(分布)を可視化して示すと理解が早いと思います。図3は、ERCPにおける防護クロスや防護スクリーンと言われる防護具を使用した場合と使用しなかった場合の線量(分布)の違いを示しています。患者に近ければ近いほど線量が高いことやちょっとした位置の違いで、線量が数分の一になることなどが容易に理解できます。関係学会の研修会では、室内に線量の多寡が容易に把握できるように、線量レベルごとにラインを引くことを紹介しています。
次に、防護具の使用効果を理解してもらうことが重要です。図3では、防護具の使用によって、線量が大幅に低減されていることが容易に理解できます。心カテ室の場合は、天吊り型の防護板の使用の有無によって線量が大きくことなることを示すのも良いと思います。また、厚生労働省が設置した「眼の水晶体の被ばく限度の見直し等に関する検討会」において、防護板を正しく使用できれば、眼の水晶体の等価線量限度が大幅に引き下げられても、改正前と同じ症例数の放射線診療を行うことが示されています。そのため、防護板の正しい使用方法を理解してもらうことが重要です。これらが理解できれば、術者である医師も細目に防護板の位置を変えて使用してくれるものと思います。過去の記事で、職業被ばくを低減するための具体的な方策Ⅰ&Ⅱを紹介していますので参考にしてください。さらに、不均等被ばくにおける胸腹部用個人線量計の着用方法ならびに眼の水晶体等価線量測定専用の線量計や手指の皮膚線量測定用の線量計(リングバッジ)の配布基準や着用方法についても、必要な部署あるいは対象者であれば研修できると良いと思います。
個人線量計の正しい着用方法についても記事を書いていますので参考にしてください。
実効線量の計算方法から理解する個人線量計の正しい着用方法 – WEB放射線管理室 (radi-manage.site)
測定値から個人線量計の不適切な着用方法の見分ける方法 – WEB放射線管理室 (radi-manage.site)
職業被ばく線量の少し詳しい確認方法と防護眼鏡・水晶体専用個人線量計の重要性 – WEB放射線管理室 (radi-manage.site)
5-4. 最後に
部署あるいは対象者ごとの防護研修の内容をざっくりと記させていただきましたが、病院や部署などの事情に応じて、防護研修を工夫して実践されることをお勧めいたします。防護研修内容は他にも多くあります。妊娠した従事者への対応などです。本ブログでは、本記事で紹介したもの以外にもいくつか参考になる記事を書いていますので参考にしてください。
また、放射線管理者と医療従事者との間のコミュニケーションが図れる環境を構築しながら防護研修を開催することが重要です。それによって、医療従事者が率先的に職業被ばく低減を行うようになることが防護研修の目標の一つです。
2023.12.30
群馬パース大学
渡邉 浩