職業被ばく

病院における放射線業務従事者管理とリスクコミュニケーション

このブログを見ていただいている皆様や医療従事者の皆様の参考になれば,と思い,筆者が前任の病院で行ってきた放射線業務従事者(以下,従事者)の管理とリスクコミュニケーション1)について記したいと思います.

筆者は前任の病院が1991年に開院する際に,診療放射線技師と放射線取扱主任者として他の病院から異動しました.放射線取扱主任者はRI規制法(現在の放射性同位元素等の規制に関する法律)で規定された放射線管理者で,病院では主に放射線治療に使用されるリニアックやPET検査に用いられるサイクロトロン等の放射線管理にあたる国家資格者です.したがって,医療用X線装置を用いた検査やIVRは対象外です.しかし,事実上,病院全体の放射線管理を任せられていました.
開院にあたって,医療用X線装置を含む放射線業務に従事する医療従事者の管理が必要になりました.この際に,医師は原則全員従事者として管理することにしました.何故なら,医師は診療科によって,放射線業務に就く頻度や被ばくする可能性が異なりますが,放射線業務に就くことには変わりないからです.特に,X線透視を伴う放射線業務は,場合によっては被ばく線量が高い可能性があり,従事者登録をして,被ばく線量を測定しないと線量の多寡も把握できないからです.医師によっては,職業被ばくを測定するために,個人線量計の着用を面倒と考えているようでしたが,毎年の講習会(後述)で,個人線量計の必要性と着用を訴えてきました.医師や診療科によっては,本当に不要な場合もある可能性もあります.そのため,従事者登録を抹消する場合は,当該医師と所属長の部長医師の連名の申請が必要なシステムを放射線安全管理委員会で作りました.前任の病院では,原則医師全員を従事者登録し,不要な方だけ登録を抹消していました.しかし,現在,医師をどの程度,従事者登録すべきかどうかは,大きな課題の一つです.多くの病院では,従事者登録している医師の割合は多くないかもしれません.個人線量計はおおまかに1個が1,000円,年間10,000円程度の費用がかかります.医師10人を新規登録すれば年間10万円かかることになります.これは,個人線量計1個の費用で,2個着用すると倍の20万円が必要になります.そのため,新規に従事者登録することが簡単ではありません.ちなみに,医師や看護師の方が,従事者として被ばくする機会は,X線透視を行う業務が多いため,不均等被ばく管理として個人線量計を2個配布していました.私が在任中は,個人線量計を1個しか配布していない事例はありません.

厚労省の調査で,不均等被ばくになっている従事者に個人線量計が2個(以上)配布されておらず,被ばく管理が不適切になっている病院が約1/3にのぼることが分かっています.このような問題が生じている理由の一つに経済的な問題があります.現在の大きな課題である眼の水晶体専用の個人線量計についても同じような問題が生じている可能性があります.病院経営の観点からは,着用者を出来るだけ増やしたくないということになりますが,従事者自身にとっては実際の眼の水晶体が受けた被ばく線量を直接測定して知りたいと考える人もおります.この両者の違いを埋めるのにリスクコミュニケーションが役立つと考えています.

医療従事者をどこまで従事者登録するかの次の課題は看護師です.開院当初,手術部の看護師長さんから,手術部担当の看護師は流産することがあり(*),それが放射線被ばくによるものかどうではないのかの区別ができるようにするために,全員個人線量計を着用させてほしい,との要望がありました.
(*:私自身はそのエビデンスを把握しているわけではありません.)
手術室では,X線透視を利用した手術が行われています.頻度は手術内容によって異なります.そのため,病院によっては手術部の看護師を従事者登録していない場合もあります.実際に,長年の被ばく管理の結果では,個人線量計の数値がバックグランドを超えたことはほとんどありません.しかし,それによって,少なくとも看護師(胎児を含む)に健康上の異常があっても放射線被ばくの影響ではないと理解できたものと考えています.その理解の一助として毎年実施している放射線管理講習会があったとも考えています.
ただし,あまりにも頻度が少ない場合や被ばく線量が高くならないことが想定される場合には,従事者登録をせず,被ばく管理だけを行った事例もあります.心カテ業務に従事する看護師がこれにあたります.心カテ業務では,患者や医師の被ばく線量は多くなることが多いです.しかし,看護師は鉛当量の多い防護衝立の後ろでほとんど被ばくせず業務を行うことが多いからです.看護師自身がそれを理解し実践することと医師が看護師が被ばくしないように心がけることが前提となります.そのため,看護師の理解と協力も重要です.担当する部署の看護師にミニレクチャーを行って,看護師の理解を得てから被ばく管理を始めました.その上で,病院で購入してもらったポケット線量計を看護師に着用してただき,被ばく線量を毎日記録してもらいました.ちなみにポケット線量計は,毎月着用する個人線量計とは異なり,購入時に費用は発生しますが,ランニングコストは発生しません.そのため,毎月,約30人に個人線量計を着用して従事者管理するよりもはるかに安いコストになります.毎日の被ばく線量を放射線部門で管理し,その記録を看護師と共有することで,従事者登録をせず被ばく管理のみの従事者管理が定着しました.

次に,放射線部門に所属する看護師が妊娠した場合です.放射線部門に配属された看護師が妊娠することは当然あります.昔は,放射線被ばくすると形態異常の子供が生まれると理解していた医師や看護師も多く,放射線部門の看護師が妊娠すると,本人の意思とは関係なく,看護部が当該看護師を病棟等に異動させることが多かったと理解しています.開院して,最初に妊娠した看護師は被ばく影響やそれ以外のリスクを総合的に考えることができる人でした.そのため,妊娠したことを放射線管理者である私にだけ伝えて,看護部等の他の職員には伝えないように要望してきました.看護部に知れると強制的に異動させられてしまうと考えたようです.また,毎年,実施している放射線管理講習会で被ばく影響,特に胎児への影響についてお話してきました.最初の事例と講習会による啓発もあって,私の在任中は放射線部門に勤務していた看護師が他の部署に異動した事例は無かったと記憶しています.放射線部門勤務といっても,すべての業務で被ばくするわけではなく,ほとんど被ばくしない業務もあります.同じ年代の看護師にとっては,いつ自分自身が妊娠して同じ立場になるかもしれない,という運命共同体のようなところもあり,同僚が妊娠すると比較的被ばくしない業務に就けるようにお互いに配慮もしていました.


部署を異動すると,新しい業務を覚えるストレスや新しい人間関係を構築するストレスが生じる可能性があります.ストレスは胎児に影響を及ぼす可能性があるかもしれません.また,病棟勤務の場合は,3交代の不規則な勤務体制になるため,それも胎児にとってリスクになる可能性があるかもしれません.実際にどの程度のリスクになるかは分かりませんが,大事なことは,異動するかしないかを誰かが勝手に決めるのではなく,本人自身が自分で決められるようにすることです(図).ここに,リスクコミュニケーションの大事なポイントがあります.リスクコミュニケーションは,専門家が介入することで,病院の管理者,看護部あるいは放射線管理者の思惑の方向に,看護師の判断を誘導することが目的ではなく,看護師自身が自分で判断できる情報が提供されていて,自分で判断できる環境にある,と判断できる状況にすることなのです.

リスクコミュニケーションの誤解は,

1. 介入によって,ある方向に意思を誘導することではない.
2. 介入すれば,合理的な判断をしてくれる,そうあるべき,ということではない.

ということです.詳しくは,日本保健物理学会の資料2)を参照してください.医療関係者なら良く知っているインフォームドコンセントと同じ考えです.そういうと,理解がしやすいかもしれません.
したがって,放射線部門勤務看護師が妊娠した事例も,異動しないことを決めたことがリスクコミュニケーションの良好事例なのではなく,自分で異動しないことを決めたこと(決められる環境にあること)が良好事例なのだ,といことを理解してください.
この観点から,眼の水晶体の等価線量限度の改正に伴う,医師を中心とした医療従事者の管理を行うべきではないかと考えています.眼の水晶体の件では,異動するかしないかが問題ではなく,防護眼鏡や水晶体専用の個人線量計の着用がテーマになるものと思います.

最後に,前任の病院では,毎年,新規採用者の医師,看護師と診療放射線技師を必須対象者として,放射線安全管理講習会を開催してきました.主な内容は以下のとおりです.

前任病院における放射線安全管理講習会の概要

1. 開催回数:原則年1回
2. 主な対象:新規採用した医師,看護師ならびに診療放射線技師.
  ただし,④は関係職員
3. 講習内容例
 ① 放射線の基礎知識(医療従事者に必要な放射線防護の考え方)
 ② MR検査の事故防止のための方策と実際
 ③ CT検査等の医療安全対策(造影剤副作用対策)
 ④ 放射線治療措置の事故防止対策と緊急作業
   *講習内容や回数は年度ごとに多少異なります.

医療法では医療従事者に対する放射線安全管理教育が明確ではありません.また,電離放射線障害防止規則でも従事者に対する研修を義務付けてはいません.しかし,放射線安全の理解の向上に,教育(研修)が必要なことは言うまでもありません.
本記事が,皆様の参考になりましたら幸いです.

1) 渡邉 浩.看護師の職業被ばくの正しい理解(安心して働くために).消化器最新看護 2012;16 (5):85-89.
2) 篠原邦彦,大内浩子,近本一彦,谷口和史,永井博行,森本恵理子,米澤理加,渡辺浩.放射線のリスクコミュニケーションに係る基本的事項.保健物理2009;44(4):374-379.

2022.03.26

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