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ドラマシナリオで学ぶパニック画像

◆内科外来

〇 内科医
つらそうですね。
どんな症状かお話できますか?

〇 患者(白井、70代の男性で一人暮らし)
風邪で数日寝込んでしまい、やっと元気になったんで、朝起きてトイレに行ったら、急に息苦しくなったんです。

〇 内科医
他に何か症状はありますか?

〇 患者
よく分かりません。ただ、息苦しいんです。ちょっと痛みもありますが息苦しいせいかもしれないのでよく分かりません。

〇 内科医
そうですか?
とりあえず胸のレントゲンを撮ってみましょう。
オーダーを入れておきますから、レントゲンを撮り終わったらまた外来に戻ってきてください。

◆Radiation Department

〇 I技師
O技師長、学会出張を認めていただきありがとうございました。
おかげ様で週末、福島の学会に行って勉強してきました。

(スタッフ全員に向かって)
福島のお土産のママドールです。
食べてください。

〇 K技師
ママドールだ。私大好きなの。

〇 Y技師
へえー、そうなんですか。
美味しそうですね。

〇 I技師
結構有名らしいですね。

〇 N技師
学会出張行きたいと言われるから、急遽日直変わったり大変だったんですから。
こんなお菓子くらいでは帳尻が合いませんけど、一応もらっておきますか

〇 O技師長
どうだった、学会。
何かトピックスか何かあったか。

〇 I技師
はい、パニック値とかパニック画像に関する講演がありました。
欧米で広まっていて、最近、日本でも議論されているらしいんですが、患者の命に係わるデータや画像を確認した際には検査に係った技師はすぐに依頼医や放射線科医に報告しなければならなくなるそうです。

〇 IO技師
欧米ではパニックデータ、killer diseaseと言って大動脈解離や腸穿孔の際に生じる腹腔のフリーエアーのようなすぐに治療しないと患者が亡くなってしまう可能性のある疾患の所見を発見したらすぐに報告することが決められています。それによって患者の命を守ろうとする取り組みです。

〇 N技師
俺たちだって救急患者で脳出血や脳梗塞を疑わせる所見があったらすぐに救急医に連絡しているよな。

〇 K技師
そういうことってそうそうあるわけじゃないけどね。

〇 O技師長
そろそろ検査開始の時間だぞ。
今日のレントゲン担当はYだったな。早く終わらせて病棟のポータブルに行けよ。

〇 Y技師
はい。分かりました。

(横にいたIO技師に向かって)私にパニック画像って分かりますかね。
IOさんのように?
IOさんを見てると技師としてずーっと働けるのか不安になっちゃうんですよね。

〇 IO技師
勉強すれば分かるようになります。
その第一歩は画像をよく見ることですね。
それを積み重ねていくと異常な画像が見分けられるようになってきます。
そして、患者さんをよく見ることです。
患者さんの何気ない動作や症状を画像と併せてみることで見えないものが見えてくることもあります。
読影する放射線科医は臨床医と違って患者さんを直接見ることができません。しかし、我々診療放射線技師は患者さんと直接会って話をして検査を行うことができます。
もし、画像以外で患者さんのしぐさや症状から診断に繋がることがあったらそれを放射線科医や依頼医に伝えることも我々診療放射線技師の重要な役割だと私は思います。

〇 Y技師
画像と患者さんをよく見る!、ですね。

◆レントゲン室

〇 Y技師
白井さん、お着換え終わりましたか?お着換えが終わっているようでしたらレントゲン室にお入りください。

(患者が更衣室の扉を開けてつらそうに入ってくる)

〇 Y技師
(扉を開けるのを手伝いながら)大丈夫ですか。おつらそうですね。

〇 患者
朝から急に息苦しくなってしまって。

〇 Y技師
そうですか。
おつらいですね。
できるだけ早く終わらせますね。
今日は胸のレントゲンです。

つらいかもしれませんがここに顎を載せていただくことはできますか。

(患者がやっと顎を載せる。)

〇 Y技師
ありがとうございます。
それでは撮影しますね。
息を吸ってください。
そこで息を止めてください。

(操作室に入ってスイッチを押す。)

〇 Y技師
はい、息を楽にしてください。
大丈夫ですか?

(患者はつらいながらも軽くうなずく)

〇 Y技師
それでは検査終了です。
大変お疲れ様でした。

◆操作室で撮った画像を見ながらY技師が首をかしげながらぶつぶつ言っている。

〇 Y技師
画像をよく見るか?
ここの肺は他の領域よりも明るい気がする。
あんだけ息苦しそうだったんだから何かあるかも?

(そこに、後ろから)

〇 U技師
Y、まだポータブル行けねえーのかよ。
O技師長にレントゲンが終わったら早くポータブル行けって言われてただろ!
今日は検査が多いんだ。たらたらしている暇はないぞ。
いつもB部長が言ってんだろ。
俺たちは撮影するのが仕事なんだ。
読影するのは内科医の仕事なんだよ。
早く終わらせるためにポータブル、一緒に行くぞ!

〇 Y技師
はい。ありがとうございます。
すぐに行きます。

(画像をもう少しみたい感じを残して出ていく。)

◆外来の廊下

(ポータブルを撮影して帰ってきたY技師とU技師が診察が終わって自宅に帰ろうとする患者に出くわす。)

〇 Y技師
あら、白井さん。
診察が終わったんですか。
大丈夫でしたか。

〇 患者
少し落ち着いてきた。
高血圧で糖尿病もあるんだ。
どうせ先は長くないんだからどうでもいいんだよ。
結果聞くのも怖いし。

〇 Y技師
診察に行って結果を聞いていないんですか?
だめですよ、勝手に帰っちゃ。

(患者が胸が痛い感じを見せる。)

〇 Y技師

(IOに患者の様子や症状をよく見てと言われたことを思いだしながら)

白井さん、朝急に息苦しくなったって言ってたけど、胸の痛みはいつからなの?

〇 患者
朝トイレに行ったら急に息苦しくなったんだけどその時から胸も痛いような気がする。
先生の前では気のせいかもしれないと思ったんだけど、やっぱり痛みが強くなってきた。

〇 Y技師
ちょっと座ってまってて
U先輩、患者さんを見ておいていただけないでしょうか。
すぐに戻ってきます。

(走ってRadiation Departmentに戻るY)

◆Radiation Departmentの先ほど患者を撮影したモニターの前

〇 Y技師

(となりで検査室の操作場所で画像を見ているIO技師に向かって)
IOさん、この画像見てください。
この患者さん、朝トイレに行ってから急に息苦しくなったらしく、胸痛も強くなってきたと言っているんです。
それにこの画像を見てください。
よく見ると肺動脈中枢部に拡張が見られませんか?

〇 IO技師
肺動脈中枢部拡張、肺野の一部も透過性が亢進しています。

〇 Y技師
高血圧で糖尿病も患っているそうなんです。
今朝撮影した後、なんか変だと思って気になっていたんですが、ポータブルの帰りに偶然、レントゲンの結果も聞かずに自宅に帰ろうとしている患者さんを見つけたんです。
やっぱり息苦しそうで、それに胸痛もあると言うので、何か重い疾患だったらと思ってもう1回画像を見に来たんです。

〇 IO技師
急性PTE(肺血栓塞栓症)の疑いが強いです。患者の命に係わります。
患者さんは今どこにいるんですか?

〇 Y技師
正面玄関の待合室です。
U先輩が見てくれています。

〇 IO技師
すぐそこに行きましょう。
NさんはA先生に画像を確認していただくように伝えていただけないでしょうか。

〇 N技師
OKっ!

 

◆CT室内

〇 IO技師
すぐに造影CTを行います。
A先生を読んできてください。

(A先生がCT室内に入ってくる。)

〇 IO技師
A先生、この患者さんの胸部レントゲンを見ていただきましたか?
患者さんは風邪で数日寝込んだ後の今朝、トイレに行ってから急に息苦しくなって胸痛もあるそうです。
それに高血圧で糖尿病も患っているそうなんです。

〇 A放射線科医
そうですか。その症状と先ほどの画像から推察すると急性PTEの疑いが強いと思います。

〇 IO技師
早急に造影CTを行った方が良いと思います。
よろしいですか?

〇 A放射線科医
もちろんです。

(そこへ内科医が看護師と一緒にCT室に入ってくる。)

〇 内科医
白井さん、ここに居たんですか?
探していたんでよ。
どうして外来に戻って来てくれなかったんですか?

(A放射線科医に向かって)
A先生、レントゲンを撮るように指示したんですが放射線科に向かってからしばらく経っても戻って来ないので探していたのですがCT室にいると聞いてきました。

レントゲンはどんな感じでしょうか。

〇 A放射線科医
急性PTEが強く疑われます。
そのため、IO技師が緊急造影CTを撮りたいと言っています。

〇 内科医
技師がですか?

〇 A放射線科医
はい。私もその意見を支持します。
早急に造影CTを行うべきです。
急性PTEならすぐに治療しないと患者の命に係わります。

(内科医に向かって強い口調で)
いいですね。

〇 内科医
はい。緊急造影CTを撮ること自体に必要だと思います。が。

〇 A放射線科医
では緊急造影CTを行います。
皆さん準備をお願いします。

〇 O技師長
はいよ。
Y、造影剤の準備をしろ
I、プロトコールを組め
間違えるなよ。

〇 I技師
分かってますよ。
静脈相で下肢も撮影するようにします。

〇 O技師長
ちゃんとわかってるじゃねーか。

〇 I技師
学会で勉強してきましたからね。

〇 Y技師
(IO技師に向かって)なんで下肢も撮るんですか?しかも静脈相で?

〇 IO技師
PTE、肺血栓塞栓症の一番の原因は下肢深部静脈血栓、いわゆるエコノミー症候群です。
患者さんは風邪で寝込んでいる間に下肢静脈に血栓ができた可能性があります。
長期安静後に最初に動いた時や排尿、排便時に血栓が飛び動脈を詰まらせることが多いんです。通称、エコノミー症候群と言われていますが、妊婦さんや出産直後、安静が必要な手術後にも起こりやすいんです。
最初は造影剤を急速注入して動脈相の流れを見ます。
それで動脈に血栓が詰まってないかを確認します。
動脈から流れた造影剤は血液と一緒に静脈と一緒に心臓に戻ってきます。
この静脈相で撮れば下肢に深部静脈血栓があるかどうかも分かります。
1回の検査で肺と下肢の両方の検査ができるんです。

◆CTの操作室、撮影準備が終わって

〇 I技師
白井さん、それでは検査を始めます。息を吸って止めてください。

(撮影スイッチを押す。)

(全員、画像を見る)

〇 A放射線科医
もう一度動脈相を見せてください。
動脈に血栓がありましたね。

〇 I技師
動脈相の肺門部のスライスです。

〇 A放射線科医
やっぱり。

〇 IO技師
はい。急性PTEで間違いないと思います。

〇 I技師
下肢の静脈相も出ました。

〇 IO技師
やはり、下肢に深部静脈血栓がありましたね。

〇 A放射線科医
これで間違いないと思います。

(内科医に向かって)先生、すぐに治療を行ってください。
ご存知のように、急性PTEは重症の場合48時間以内にほとんどの患者が亡くなる可能性のある緊急性の高い疾患です。

〇 内科医
はい。助かりました。
もう少しで患者の命に係わる事故になるところでした。
私が最初に造影CTを依頼しておけば良かったんでしょうか。
数日寝込んだだけということなので、CTの被ばくが大きいと聞いたばかりで躊躇してしまったんです。

〇 A放射線科医
難しいところかもしれません。
確かにCTは被ばくも多く、最初にレントゲンを見て、それから造影CTの判断は間違いではないと思います。
ただ、重症の可能性のある患者さんだということを放射線科にも伝えておいてほしいと思います。
今回はYさんの機転で間に合いましたが、いつもチェックできるとは限りません。

〇内科医
ありがとうございます。
まずは患者さんを外来に搬送します。

◆Radiation DepartmentにB部長が入ってくる

〇 B部長
O技師長、危うくパニック画像を見逃して患者の命に係わる事故が発生する寸前だったそうじゃないですか。
だから言っていつも言っているんです、技師はわれわれの指示通りに撮影だけしていればいいんです。
技師にパニック画像なんて読めるわけがないんです。読ませてはいけないんです。
下手にパニック画像を読もうとするから見逃しのリスクを負うことになるんです。

〇 A放射線科医
B部長、お言葉ですがそうでしょうか。
今回も最初は新人技師のYさんが見逃したかもしれませんが、画像に異常があるのではないかと気にかけていたんです。技師の皆さんは多くの検査に追われて画像をよく確認する時間もない中、異常所見が無いか、患者の命に係わる所見がないかということを限られた時間の中で見てくれているんです。
だから、病院から出ようとする患者さんに気が付いて止めることができたんです。
Yさんが画像をよく見ていなかったら、患者さんはそのまま帰宅してしまい、帰宅途中か自宅で亡くなっていたかもしれません。
私たち放射線科医もアメリカのように必ずレントゲンも読影して所見を臨床医に伝える体制が整備されていればいいですが、日本の放射線科医はCTやMRIの大量の画像の読影に追われてレントゲンまで読影している時間もありませんし、CTの読影もすぐにというわけにはいきません。
こんな日本では診療放射線技師と放射線科医が協力して、また、臨床医とも情報を共有して患者を救うべきではないでしょうか。
それしか現実的な選択肢はないと思います。

〇 B部長
今回はたまたま患者を救えたかもしれませんが診療放射線技師が全員パニック画像を読めるわけではないということも我々放射線科医は理解しておくべきですよ。
日本もアメリカのように放射線科医が医師の中の医師である世界を目指すんです。
パニック画像が読めたとしてもあのIO技師は医師法に抵触する行為が多すぎます。
あの技師が来てからA先生もおかしいですよ。
今までの放射線科の秩序が乱れています。
どうにかしないと今にとんでもないことが起こりますよ。

〇 O技師長
そうですかねー。
私はそう思いませんね。
チーム医療は医師中心ではなく患者中心のはずです。
患者の命を守るために何ができるかを考えるべきじゃないんでしょうか。
医師も診療放射線技師も関係ないと思いますよ。
我々診療放射線技師ができることがあれば何とかしたい、最近私もそう思うようになりましたよ。

(IO技師を見ながら)あいつがここに来てからね。

(周りのスタッフを見ながら)こいつらも変わってきましたよ。

(I技師を見ながら)週末の土日を返上して最新の情報を得るために学会に行くやつも出てきたし。

(K技師を見ながら)マンモの認定技師を取るんだって言っているやつもいる。

あいつが俺たちの意識を変えてくれたんですよ。

あいつはこのRadiation Departmentにとって欠かせない診療放射線技師になっているんです。

私はそう思います。

〇 I技師
そう言えば、学会の講演でえらい放射線科医の先生が言ってたなー。日本の診療放射線技師は世界一だって。

だけど、全員が優秀なわけじゃないし、医療技術の進歩は早いから、われわれももっと勉強しないといけないんだ。最近、そう思うようになったよ。

〇 B部長
(しぶしぶな感じで)日本の診療放射線技師が優秀なのは私も認めます。
しかし、診療放射線技師が医師法に抵触することは私は絶対認めませんからね。

(と捨て台詞を言って出ていく。)

〇 O技師長

(はにかみながら笑う。)

(他のスタッフも同様に笑う。)

(それをこっそり見ているC病院長)

〇 C病院長
うまくやってるようね。
あの子のやろうとしていることは今の日本に必要なことなのかも。

The END

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